青春売買ホテル
 
青春書簡2

茜と虎子の青春談義

   
  最終書簡 2006-04-05
   
  2006-03-30

虎子様

青春書簡2です。
決着を。笑。

青春とは、春の陽気にみな、騙されているだけではないでしょうか。
桜が舞乱れるのを、ある人は悲しいと思い、ある人は美しいと思い、ある人はこの世の終わりだとも思う。
桜の下には骨が埋まっている、という名文句のように、いくつもの犠牲を払い、人々はきっと、青春と言う、人生の春を過ごしていくのかもしれない。
犠牲者に気がついて、我、はっとする。

私は筆を折ることはできない。今は、ただ。
虎子さんは?
   
  2006-04-02

茜へ

青春とは、舞台の一幕の名前、といえるかもしれない。
主役は自分。
青春という物語、青春という演技、青春という虚構・・・。

>青春とは、春の陽気にみな、騙されているだけではないでしょうか。
まさに。
まず自分を騙し、周囲の人間を虚構に巻き込み、何が現実で何が物語かを見失う。

でも、その姿を冷静に眺めている自分もいるはず、茜。
その自分が、
>犠牲者に気がついて、我、はっとする。

はっとして、どうなる?
そこで自分を恥じるだろうか、茜は。

私は恥じて、時間を失った気になって、物語のない現実世界に生きたいと思った。
でも今その選択は間違いのような気がしている。

数日前、ずっとCoccoを歌っていた。31歳にもなって、と自嘲気味に、でも止めたくなかった。
あまりに全身で歌ったので、次の日からだの力が抜けた。
そのとき、私は40になってもCoccoを歌う人でありたい、と思った。
明日になれば、また考えが変わるかもしれないけど。

そして、多分私も書き続ける。
ただ私には今、家の中に私とは違う生き物がいて(夫のこと)、その存在を、どう処理していいのか苦慮している。
いまのところ彼は、物語の中に取り込み得ない他人、という感じだ。


あと最後に、時々私は、茜がものすごく羨ましくなる。
人の青春を羨んだりすることは今までなかったのだけど、いよいよ弱ってきたかな。

じゃ、また続きを話そう。
   
  2006-04-05

虎子さん

できれば、恥じることなく生きたいです。
虎子さんの新しいページは、新しい命と共にできますように。

前日、なのです。
日常、というものは、何事もないように、そして明日19になります。