| |
思春期の呼吸
|
|
茜が17のとき文章教室に通って書いた作品集。 |
| |
|
| |
|
| |
 |
| |
|
麦畑
銀色に光る麦畑を見た。正直、彼女は麦畑を知らない。それは彼女が手の血潮を見て、相反する存在を求めた夢であった。
麦畑は熱くそれであって、シュール。一面に一面にとにかく地平線が麦畑だ。麦畑は輝いている。銀色に。
振り返る。
それでも全てが麦畑。風がないのに、たなびいている。それか彼女が呼吸するリズムと同じだ。生きていた。麦畑も彼女は生きていた。それでいてニヒリストであった。最初に覚えた言葉をひたすら繰り返している
「ママ」
彼女は深呼吸する。そして麦畑は揺れて囁く。
「まんま」
同伴する命がそこにある。けれでも麦畑は彼女を抱けない。彼女は求めない。違うものを待っている。
彼女息を止めた。すると液体が目からでてきた。それは銀色から金色であった。涙であった。
「知らなくていい。泣いてること。知らなくていい。」彼女は何度も呟く。
すると麦畑が笑い出した。からからと嘲笑した。彼女を。裏切られた少女。とても悲しくなるのを感じた。身体が冷めていくのを感じた。麦畑。待って、待って、待って。あたしから熱を奪わないで。
麦畑に殴られ、彼女は鳥になった。
|
| |
|
小鳥
「小鳥が悲しいと呟くので、私は起きて自分が寂しい理由を思い出してしました」
5時12分のメール。私がそのメールを見たのは7時半。
朝は憂鬱だ。こんなメールを読んでも何も感じない。私はぼうっと今日は雨なのね、と考え込んでいた。
ただドロップを一日食べつつけるような甘い常務が終わり、夜になって再度このメールを読んで、この内容の意図が、鳥の苦しみと、私を光として求めているのがわかった。
今、鳥は、小鳥が欲しいと嘆きつつ、子犬を拾い、男には「子猫ちゃん」と呼ばれた生活を送っている。たまに「茜ちゃんの詩を書いたわ」と私そっと教えてくれる。鳥の囁き。そんな彼女が、私は大好きだった。
でも、私虚言者だからね、自分に嘘を言いつけてるのかもしれないと分からなくなるよ。好きという感情がどれほどにも遠く。空はこんなに晴れてるのに、心の中はずっと雨ばかり降っている。秋田の彼は私に黄昏を教えてくれたけれど、やはり今では分からなくなって、別れた半年後の最近になって、ようやく彼とのことぽつぽつと話せるようになった。
鳥にもそんなことを話す。話した理由は単なる気紛れ。
「そんな恋愛はあなたの財産だし、歴史よ。その人をアイシテルキモチは否定しなくていいと思います。終わりはない、墓場までひっそりココロのなかにもっていられる」
私は泣き、誰かさんに頭をぽんぽんと触れさせました。私の彼との間に永遠を作ろうとした恋は、失敗も事実もなく。愛していました。それだけの間柄でした。
それだけわかると、自分の心にまた鍵をかける。
「すべてのひとにある彼の陰に、距離を感じて苦しむ、今は」
鳥はわかっているのに、子犬の手を離さない。私が迷うとき、こんなことをメールに送ってくるのだ。
「彼って誰?」私がこう聞けば、彼女は、「まだみぬ運命のひと」と答える。
鳥は幻想的な私と一緒の虚言者なのかしら。今になって鳥には翼がなかったのかしら、と思う。
|
| |
|
ねえ、好きってなんだっけ?
恋が素晴らしいと言うけれど、愛しいと想うあの感情は。憎しみと殺意に変わる。何故、悲しいのか、一日の始まりが悲しいのか、何故、朝になり分かれなくてはならいのか。
恋よ来い。
くだらない駄洒落を言うけれど、私は望んでいたのだろう。生きる、リアル。私は、孤独だからリアルを求める。
あの夜。
感性がぼろぼろに歌い続け、そして歌えなくなり、そして歌い、友達に昔の彼氏を聞かされて、私は歌い、そして喋り、「恋は落ちるものだよ」そう、語り、何もいえなく、そして歌い、歌って歌って歌って、自虐の念を消し、こぼれる血が、そう、血。血。命の血が流れるのを感じ、時には笑って、次第に夜が開け、
笑ってみたよ。きっとね、恋の酔いが醒めないのよ。生きてりゃ、恋をする。それだけの運命よ。
私は、母と弟のカラオケの帰りにその夜ばかりを思い出していた。しかし、ぼうっと考えこんでいたのではない。時に私は小火を語っていた。くだらない、日常の小火。
「亮(もう1人の弟)ってさ、兄弟だから話すけど、実際他人として接しるのなら、私、だめだな」くだらなくはなかった、私を傷つける、リアルを教える、好きな弟なのだ。
「私もだめかな、少し、固いね。見難いね」
母が言う。
「お父さんに似てるな」私がいつものように、父の悪口を言えば。
「お父さんに似てるのは、一番、あんた」
母が言う。
私が少し絶望へ陥り、私と父の関係も、それから私が本屋で入江紀子の漫画を買ったのも、それはまた、別の話。
|
| |
|
桜桃忌
6月19日は毎年雨が降るらしいが、この日はそれを裏切っての蒸し暑い晴天だった。とりあえず、三鷹では。私は慕ってくれる人の心が嬉しくてきっと太宰が空で泣いているから雨が降るのだろうと思っていたけれど、もしかして悲しくて泣いているのかもしれない。「生まれてきて、ごめんなさい」だから。私が行ったのはまだ午前中で、禅林寺で目の前に「桜桃忌 2時から」と言う広告を見た時、何故か陽の明るさと紫外線攻撃にうんざりした。南中した時の出来事。それでも3人、4人と参拝者は訪れ、太宰のお墓に深くお辞儀をする姿は、どこか悲しいものであった。
墓の前に立つことは、ひどく不思議なものである。生きてもないのに、そこに人の最後に残った「形」と言うのがいる。この人の墓の前で、泣いた人もいたらしいし、自殺した人もいるらしい。しかし私は、ちょっと会釈をし、合掌し、お辞儀をした。そこに桜桃と途中で買った200円ぽっちの小さなお花を供えた。
「初めてお会いします」と心で呟き、「そうだね」と彼が言ってくれるのをずっとずっと待っていた。やっと近くにきたのに。死んだ人はやはりなんにも答えてくれない。太宰の墓の前で何も感じない空虚な自分がいた。
それから、太宰が心中したという玉川沿いを歩く。立ち止まり、玉川を見ていた。その時、木陰と風がもてあそばしてる音ような聞いた。私はこれが、きっと、時間の流れる音だと思った。私は空とにらめっこし、つまらなかった桜桃忌を悔やむ気持ちに終止符を打った。
形だけ残ったものが偽者で目に見えないものが本物だと信じていたい。綺麗事かもしれないが。憧れを追い求めて、作品などに執着して、その中に気づいて抱いてほしい意図がどこかにあるのかもしれない。太宰が。こんな文章を打っている、私も。
|
| |
|
These days
この階段を登らなくては彼女の部屋に辿りつけない。
「時よ、止まれ。君は美しい。」
誰の言葉だったか、忘却していた僕は螺旋階段を登る。僕は螺旋階段が嫌いだ。公園で本を読むのが最近のお気に入りだが、どうしてもこの階段を登らなくてはならない。
先日、初恋の君が死んだ。名前を美夏と言ったが、彼女の顔はね、いつも物憂げなんだ。
雰囲気も物憂げなんだ。何故好きになったのか、僕は知らない。夏の終わりだった。
美夏という言葉が一番好きだった。
この前まで夏休みだった。夏休みは時が止まってるように僕は覚えた。魔性の光がキラキラと昼でも夜でも僕を照らし、学生の僕はその光から逃げるように、引きこもりのような状態でずっと部屋にいた。
何もしない、何もない。オンラインゲームをばかりやってきた。ありふれた会話だけ僕の耳だけに残ったと思えば、すぐに遠のいた。
美夏と別れる前、一人でぶつぶつ一人事を言っていたのを思い出す。
「あたしね、最近どんどん昔のこととか忘れていくの。でもそれってシアワセなことよね。あたし、アルジャーノンよ」
アルジャーノンがどんな人物か知らないが、彼女はとても物憂げに言い、次の日首をつった。
僕は君を忘れるのだろうか。誰かが「忘却は罪」と言っていたような気がする。夏休みが終わり、溶け出した最近に、時再び動き出した。戸惑っている。
やはり時が、止まって欲しい。目を閉じれば君が笑ってる。忘れないよ、誓うよ、お願いだから、どうして消えたんだい。
抱きしめてあげるのに。なのに君は独りで言えないで。
妄想だけが美しくて、現実は汚い。そんな定義は彼女の死と共に消え去り、また夏がくることを望んだ。
|
| |
|
彼女は穴をあけた。
それから彼女の肉体は「流れ」という精神に侵されるようになった。
学校が終わると教室に残り、二階の廊下の隅にある、古びた12月のカレンダーとずっとにらめっこし、25日という日を嘲弄した。隣の音楽室で合唱部の歌声が聞こえたと思ったら、甘美な笑い声が廊下中に響いたため、彼女は逃げるように学校を出た。
次の日、彼女は髪を染めた。光が射すと赤茶っぽく輝くので彼女はそれを香ばしく喜んだ。その次の日には、母のマニキュアを盗み、爪は真っ赤に染りその爪にキスをした。午後にはドラックストアで化粧品を買占め、下手な化粧をし、更に明け方に父の煙草を一本盗み夜を明かした。
穴を日増しに大きくする彼女は、その穴に透き通る命を望んだが、それは実らず。ただ血がどくん、どくんと胎動している感じだけを味わっていた。昼は寝て、夜はぬいぐるみを抱いて泣き、朝日に「こんにちは」と言い、こくこくと日々は過ぎ、やはり、12月のカレンダーの25日をずっとにらんでいた。
孤独。という文字は、彼女にはない。悲しみも苦しみも。いつも穴を見て快楽だけ味わった。 風が私の穴を通りぬけてゆく。歌が私の穴を響かせる。もうすぐ命が生まれる。でも血と流れて消えてゆくだけ。
一週間もすれば雪が降った。さめざめと空が泣いてるように。窓から彼女はそれを鑑賞し、湧き出てくる感情が…なんと言っていいのか。いつも抱いていたぬいぐるみをカッターで射す。射す。切り刻むように射す。それを捨てたかと思うと彼女は家を飛び出し、自転車で雪の降る自分の町を駆け抜けた。
あれも、これも、なにも、かも。私が創りあげていくの。
町のの隅っこのほうの穴場、焼け野原。そこで彼女は大の字でうつ伏せになった。私には地球を抱きしめることができる。
翌日、彼女に初潮がきた。来る25日には彼女は14になった。
|
| |
|
殻
鳥は巣の中でもがいてた。母鳥はいつくるのだろう。
鳥には翼があったが、飛べなかった。黄土色の翼は腐った麦畑を思い出した。しかし鳥が見たのは銀色から金色に変色する麦畑であって、なぜ腐った麦畑を知っているか自分も不思議であった。それによって、何故かとても不愉快になるのだ。
蹴り上げる力はごく僅か。諦めて周囲にある二三個の卵を眺めていた。
鳥は思った。私はどこから生まれてきたのかしら?私は誰なのかしら?私は何故飛べないのかしら?一羽、うずくまり。確信する。麦畑に捨てられた事実を。
気がつくと肌色の雛が鳥に話しかけてきた。何を言っているのかわからない。ピーピー。肌色の雛の背中にはくぼみがあり、少しだが、微笑を浮かべたのを鳥には分かった。肌色の背中にくぼみがある雛は、ちらり、と他の卵を見ると、それに背をむけて、くぼみに滑らせ、卵を動かそうとしていた。ゆっくりと。
鳥に恐怖が血走った。鳥には肌色の背中にくぼみがある雛のすべきことがわたっていたのだ。
やがて肌色の背中にくぼみがある雛はひとつの真白な卵を巣から落とした。落ちる恐怖を、まだ鳥は知らない。落ちてゆく卵を見て、それは麦畑に落ちた。肌色の背中にくぼみがある雛を見る。雛は落ちた卵を見てた。次は自分だと確信した。その前に飛び立たねば。
鳥は飛べなかった。巣から旅立とうとするが、飛べなかった。やはり鳥は落ちたのだ。
麦畑はやわかかった。それがクッションになり、卵と鳥は救われた。卵にひびが入っている。ひびからくちばしが見えた。
ひとつ、ひとつ。殻から抜け出していく。殻から抜け出した薄汚い肌色の雛がいた。その雛は目をつぶり、破いた殻を食べていった。
鳥は空を見上げて、「強さ」を思った。
私。あなたになりたかった。
自分で殻から抜け出せて、その殻を救えるような。
|
| |
|
イン ザ トイレット
トイレの中に音は必要か。否。私は望む。トイレに音がないことを。
私は洋式のトイレに座り、アルバイト情報誌を読む。薄暗い一畳もない空間にいると、ますで世界の終わりを告げる様な部屋に居る気がする。と同時に、私は世界のなかで一人ぼっちなのだ。
私は昼間のデパートのトイレを非常に好む。この空間と時間を非常に好む。
トイレの中に音は必要か。否。私は望む。トイレに音がないことを。しかし、「必要な音」以外は欲しいと思った。この瞬間。
いわゆる「音消し」という動作をする。「必要な音」を消すためだ。と同時に安らぎが舞い降りる。
トイレの中に音は必要か。否。私は望む。トイレに音がないことを。しかし、「必要な音」以外は欲しいと思った。この瞬間。しかし用が済めばどうでもいいことだ。
隣の部屋から「必要な音」が聞こえた。この音は私を卑しめると同時に興奮させた、後から考えると恥じるべき行為である。
トイレの中に音は必要か。否。否?自分の興奮と共に目を開けた。排泄物は音を出して何を訴えようとしている。何を?
今度は耳を済ませる。化粧品を弄ぶ音、誰かの話し声や笑い声、私のカバンのMDプレイヤーから歌が聴こえた。共存しはじめる何か。いらない筈の排泄物のための祭りか。
トイレというのは綺麗な賑やかさがある。私はこの空間を「娯楽の部屋」と呼んだ。
トイレットペーパーがきれていた事実を知って、後から愕然とするわけだが。
|
| |
|
雨が降る
私の愛嬌毛がぬれていた。水泳の授業の後である。先生は私に声をかけ、山崎豊子の本を明日貸してやるといった。
翌日、来る東海大豪雨から、先生に借りた本、数冊を守るべき帰宅の戦いがはじまった。
私の愛嬌毛。すぎ雨に濡れた。
私の靴。すぐ雨に濡れた。
私の身体全て。雨に撃たれた。
傘でさすことは諦め、両手で紙袋に入った本をかかえて歩いた。
誰もが何も言わず歩いて、家路を急ぐ。傘をささない私も見ずに。必至で本を守る勇敢な私を見ずに。
私は雨に染まれども、この本は染まってはならない。
あなたに降り注ぐものが例え 雨だろうと 宿命だろうと 許すことなどできるわけない この手で必ず守る
こんな歌詞を思い出し、駅までの道を笑ってかけぬけた。
もしかしたら、冷たく荒々しく降る雨に、隠れざる情熱があるとするなら、いつも私は誰かからもらった、大切なものを守りながら駆けぬきたいと思った。
|
| |
|
小さな池
私は一体、何人この池に引きずり込んだだろう。
私はこの池から手を差し伸べ、幾度と人を殺め、引きずり込ました。私の池に。
しかし、それは全て妄想上の出来事だった。
誰もでいい、何か飢えているとき、私の池はどす暗く、誰かを引きずり込んだとき、それは透明になるのだ。誰もいい、誰か、優しい誰かを。独りのとき、池に引きずり込むのを妄想し、誰かと一緒になりかった。
私は覚えている。最初に池を作った理由は、孤独だかで。池を引きずり込んだのは、父だ。
池に引きずり込んだ理由。好いていたし、愛してた。しあkし、その愛はいつか消えるものではなくて、私の池を深くした。それは私と父が一緒になるとき、どんどん深くなるのだ。
それから一層、私は優しい誰かをどんどん自分の池に引きずり込むようになった。
私の池には多くの人が。誰かを殺め、それを池に沈めるには喜びを感じていたし。ああ、私だけの池。この池は、引きずり込むのを止まない。これは部外者を取り入れようと、一緒になろうと努力しているのだった。池が深くなるにつれ、人はどんどんどんどん蓄積していく。それはやはりたのしかった。
ある日から、私に声が聞こえだした。誰の声だか知らないが「馬鹿」とか「死ね」とか。その声がエスカレートし、そして父だと知ったとき、現実の世界で、自分を殺すか、父を殺すかのどちらかの選択に悩まされた。
結局、私は自分を殺せなかったし、父も殺せなかった。
生きるには、父をこの池から追い出した。
それが日常、冷たい態度に出ていたとき、父は私に悲しい目をむけていたし、時には憎んだ。
今、父は、躊躇なく、私の池を見ている。池は泣きながら、常に誰かを引きずり込ましている。
雨が降るだろう。さめざめと雨が。包むように風がくるだろう。そして、優しい嵐になるだろう。
この池は川になることを望んでいるだろう。本当に誰かに繋がる、川になることを望んでいるだろう。
この他人に対する孤独と憎愛がはっきりとする形になるためだろう。父ともう一度向き合うためだろう。
答えは未だだせない。
|
| |
|
愛の歌
私と彼の奏でた歌はなんだったのだろうか、「もう、好きじゃない」と電話で告げられたその瞬間から。その歌は終わっていた。
愛の歌。
私、別れた時は涙もでなかった。また、何かをきっかけに「ごめんね」から再び愛の歌が流れ出すのかと思ってた。
この歌の何に心ときめかしていたのだろうか。しかし、もう終わった歌と同時に、この恋を「性欲の勝った恋」と呼ぶことにした。
聞こえない歌。
私は憂える必要もなかった。だってこの歌は、私に必要性もなかったし、悦ばせる快楽には、何故かほど遠かった。
意味もなく、突然苛立った私は彼に衝動的に電話をした。
「君に対する想いが本当だったのか。わからなくなったんだ。」その言葉に私は絶望した。
人を惑わせる歌。
街を歩けばよく聞こえる歌だろうか。尾崎豊から浜崎あゆみまで、路上から店まで、聞こえ、動き、散りだす歌。
この歌はなんだったのであろう。私は間違いなく聞いていたのだ。偽りの歌。
半年後、ゆっくりと私は涙を流した。
「君を愛してるよ」
捨てようと思った手紙を長らく目を背け、初めて見つめたものだった。
もう、会えない。聞こえない。言えない。こう、言えない。
「私も、愛しています」
ぼそっつ呻き呟いて泣いた。
もう彼に傷つけたり、傷つけられたり。慈しみあった過去はすべて、この言葉を漏らすことによって、浄化された。侘びの心と共に。
あいのうた。
長らく塞いで僅かな呻き声しか、私には聞こえなかったのだ。真っ直ぐに燃える歌を、聴いているフリをしていた。
この夜から私はどう過ごしていこう。恋しくなり、私は耳を傾ける。聞こえない。気がつくと私しか歌っていない。細い声で独りで歌っている。
このあいのうた。
もう一度かれに会わせてと歌っている。
|
| |
|
貝
満は思わず、目を開けた瞬間まばゆい光に包まれ雷を見たかと思うと、よこらせと重い体を立ち上がらせ、布団から出た。いつの頃に集めたのか、何故か自分がこんなに老いるまで持っていた、五センチほどある、一つの貝を机の引き出しから取り出した。
ついにこの時が来たのだ。
そう思い、帰省中の息子に海へ連れてけと満はいつもの低い声で、だが、物を静かに言う彼がとても荒々しく大きな声で怒鳴った。
「桔梗ちゃんよぉ。これ知ってるか?『貝』って言うんだ。」
車の中。孫の桔梗は海を初めて見に行くらしく海に行くことばかり静かに楽しみにしていて、満の話など聞いていなかった。息子はついにこの親父は気が狂ったと思っている。 満がそう言っただけで三人は沈黙の沼だった。
老人の最後の企み。息子の親に対する途方感。孫の初めての海。
突然、満が貝を割った。単純な音をさせて割った。三人は黙っている。海沿いの道に出た。すると孫は「わー。」と言い、息子はちらっと海を見て、水面の反射に眼を細め、満はどんどん貝を粉々にし、車から窓を開け、粉々にした貝を一つずつ捨てていった。
「何してるんだ父さん。」
息子がようやく声をかけると、満は、
「俺は、死にたくねぇんだ。この貝をよ、一つずつ割って、今、喜びと悲しみを数えてるんだ。気がついた時からあった貝でよ、何もできなくなる前に、貝と一緒に砕けるんだ。」
息子が途中で車を止めた。すると満は、
「なぁ、俺は狂ってるか?」と言った。
「狂ってる。」と即答すると、車を発車し、海道を走った。何かしら親と息子が涙を流している。
「海なんでこんなにキラキラしてるの?」と大声で孫が言った。
海はなんでこんなにキラキラしてるの?発狂して死んだ、満の妻はこう言った。初めて満と妻と息子三人で訪れた海で。
車を降りて、三人はゆっくりと波打ち際まで歩いた。満はまた一つずつ貝の破片をを捨てていき、今最後の一欠けらを持っている。
「父さん。」息子はそう言おうとしたら、満はうずくまり大声で泣き出した。孫は何もし らず波と戯れていた。丁度、三人が黄昏たときだ。
父さんなぁ。覚えてないの?それは、あの時、母さんがくれた貝だよ。これから頑張ろうって言ったじゃないか。母さん。
そう言えばいいのだろうか。言葉にでなかった。満をそっと抱き、「母さん。」と呟いた。それが聞こえたのか、満は目を瞑り、「ああ…ああー!」と泣き叫けび、最後の貝の欠片をそっと波打ち際に置き、貝は波にさらわれた。
息子は涙をぬぐいながら、手元にあった、違う小さな貝を拾い、自分の「希望と奇跡」を呼びとめ、手渡した。
「ピンク色ね。綺麗ね。」
「希望と奇跡」はそう言い、小さな貝をぎゅっと握り締めた。
それから三人は来た道を戻り、満が捨てた貝の欠片を集め、海に還した。
|
| |
|
食欲
例えば春の日、桜の花びらが舞ったなら。
私はその花びらを食み込みこんで。
そのうち夕立ちの多い季節になったら。
空に口を明けて、水滴を引りこみ。
麗しく星が輝きだすのに気付きはじめたら。
やはり宇宙船に乗っていただくべきか。
やがて大地に真白な雪が広がっていて、子供のようにそれを汚すのではなく・・・
食いたい。
思わず、世界ありとあらゆるものを、食いたい。
常に酸素が必要なのと同時に、感覚と味覚、満腹感が必要なのだ。しかしそれにいつも満たぬまま。
食ってしまえばいいじゃないか。どうやって?
怠らぬ 勇気というのが足りないのだろうか。
ああ、あの人食いたい。思ってるだけ。
私の脂肪を食たい。
非常にまずそうだ。いらないものも食いたい。なぜそれが心にいかないのだろう。
私を食いつくしたい。口ちびるを噛んでみる。いやいや、まだだ。痛みがする限り、私をたべたってまだ熟した時期じゃないのだから。
そうゆうことにしておこう。
食えない私は、ふと、今クリスマスツリーを眺めるが、あのてっぺんの星を食うのは一体誰だろうと考える。おそらく、何も知らない子供が手を差しのべて、口に入れるが、食べれないものだと分かり、ペッペッと吐き出す。そこを「馬鹿ね」と言って、星を粉々にくだき食す。それからだ。子供は感心してすごいと言って、「あなたも食べれるわよ。」と言う。恐くなった子供は逃げるが、私はそんな人になりたい。
ああ、心を食いたい。
|
| |
|
優
小学生の頃、ひたすら他人の靴紐を切っていたことがある。私にひたすら訳もなくくっついてくる男の子の靴紐をただ切っていた。紐靴を履き、誰からも好かる、微笑の耐えぬ子だった。(一方私は、子供らしい遊びを嫌い、本ばかりを読んでいて、他人からの接触をある程度さけていた)その子の名は優と言う。
私は優を疎ましく思い、優は私を敬っていた。
一度、手をあげたことがある。優は、きょとんとした顔で私を見つめ、翌日も私からずっと離れなかった。
寒色と暖色。闇と光。蛇と鳥。汚い靴と綺麗な紐靴。
初めて紐靴を切った日から、毎日切り続けていた。その代わり、優は何食わぬ顔で、新しい紐靴を履いてくる。これでもか、これでもか、と切り続けた。優は「もっと、切って」と笑って言うのだ。日に日に、優が泣いて、もうやめて、お願い、ごめんなさい、と泣き縋るのを想像するようになり、興奮した。しかし、優は、「さよちゃん、さよちゃん。」と私に懐いてくる。憎たらしい。
「さよちゃんって男の子みたい。」
その言葉に私は激怒し、優の男の子にしては少し長い細い髪を切ってしまった。優はひどく泣き喚き、これは学校内での大騒ぎとなった。自然と私と優は遠ざかった。それ以来一度も言葉をかわすこともなかった。優はよく女の子と話す子になり、隣の組の子とキスをしたとも噂がでたそうだ。私はひたすら本の世界に入り込んだ。
卒業して、一度優を見かけたことがる。別々の中学に進み、優は私立の小学校に入ったそうだ。優は女の子と手を繋いで歩き…そして優の靴は紐靴ではなく、革靴だった。今すぐ、走って、あの綺麗な紐靴を履かせ、紐を切ってやりたくなった。もしくは、その繋いだ手を切り離すか。
優。靴紐を切り続けた理由。
優がどこにもいかぬよう。
私の側から離れぬよう。
見かけたときから少しずつ、そういう考えに辿り着いた。
でも優は行ってしまった。
髪を切ったとき、叫んだ。
「優!もうあたしの近くに来ないでよ!」
「だって…僕は……さよちゃんのこと…う…だいすきだもん……」
うわぁぁぁん。
見かけたとき、「優!ごめんね!」と叫んだ。それから「私も大好きだよ!」とは言いたくても言えなかった。
後に、優は私の切っていた紐靴を大切に保存していたことを知る。
|
| |
|
ヴィヨンの空
私が、フランソワ・ヴィヨンという詩人を知ったのは、十四の頃である。やっぱり、私の好きな太宰治の「ヴィヨンの妻」から知った。ヴィヨンは、泥棒を働き、殺人を犯し、中世フランスで革命的な詩を書いた人らしいが、それしか知らなかった。太宰を魅了したのは、憂いをおびたその詩もそうだろうが、きっと、泥棒を働き、殺人を犯した、その人生だったと私は思った。
私が、イッちゃってる作品を書き上げたのは、今日だった。興奮は続き、文章論の宿題を思い出し、ネタがなく、本にあった、ヴィヨンという言葉を見つけた。
「女には、幸福も不幸も無いものです(中略)男には不幸だけあるのです」(ヴィヨンの妻より)
つい思ってしまう。私も仲間に入れて。不幸だけの人生を歩ませて。それは、やはり、泥棒を働き、殺人を犯す…ような人生だろうか。しかし、彼らは書き留める、そのような人生を、思想を。そして、自分は不幸だと言っている。それだけだ。単なる、同情を求めているだけだ。けれども仲間にいれて。私にも苦しみを頂戴。
私に一通の手紙が送られてきたのは、今日だった。それは、私が傷つけた人だった。別れた故に、私を狂わせた人だった。今、この気持ちが消散される。
「愛しているだけ、手放すと憎むようになっていくから。
大変な思いをしただろうな。けど、それが無ければ今の茜はなかったと思う。」(手紙より)
私は愛についての思いを書き上げた。そうして手紙を貰い。幸せだ。けれども、ちょっと彼らの仲間に入りたいのは。何故だろう。きっと気のせいだ。晴れ晴れしい気持ちだ。
「青春は空に過ぎず、しかして、弱冠は、無知に過ぎず。」(ヴィヨンの詩より)
はっとし、私が学校をサボっていることに気付く。勉強しろということか。もっと不幸を味えということか。あの晴れ晴れしい気持ちは何処へ。やっぱり私も仲間に入れて。決め手はこうだ。
「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きていさえすればいいのよ。」(ヴィヨンの妻より)
ヴィヨンの本でも、図書館で借りようか。私はなんだか、永久に返さなくなりそうで、怖くなった。
|
| |
|
雀は振り返る
雀は、一度、人が振り返るのを見たことがある。細い体の麦藁帽子を被った人影は、なだらかに、かろやかに、ゆらりと風に揺られて振り返った。小さな雀はその小さな黒い瞳を丸々と大きくして見たものだ。しかし、それは人ではなかった。かかしだったのだ。
生きていないの。あれはね、人間じゃないのよ。でもね、怖いでしょう。あんな、怖いものが見張ってるのよ。でも、生きていないのよ。でもね、見張ってるのよ。多分、人間より偉いのよ。あれは、人間界では神っていうのよ。何故かしら、こんな気持ち悪いものはないわ。誰も近寄らないしね。
すぐ、雀はこんな話を聞いた。「あれ」に近づいてはいけない、食われてしまうから。と母鳥に教えてもらった。しかし、振り返ったときの、あの平穏な顔。幸せを訴え、雀に嘆きかけているように…「僕はここから動けないから。僕には守るべきものがあるから。でも、ずっと此処にいるのは苦しいんだ。」雀は遠くから、もう一度振り返ってほしくてかかしの後ろ姿を見つめ、それを美しいと思った。
雀は視線をそらし緊張を隠しながらも太陽とお喋りをしていた。けらけらと太陽が笑うと思ったら、遠くの空から、黒い斑点が広がってきた。それは次第に大きくなり、黒い斑点は、黒い涙を落とした。黒い涙は、ひゅぅぅーと音を発し、どかーんと大声を出した。空気が歪み、風が悲鳴声をあげて、騒ぎ出した。その風に乗り、雀は何が起こったかわからず、翼を広げ逃げようとすると、風はかかしのほうに招いた。かかしは、振り返ったときと同じ、平穏な顔をした。
「やあ。君の顔を見るのは二度目だな。こんな状況でも僕はこの通り、自由が効かないんだ。」
「なにがはじまるの?」
「戦争だよ。人間同士の大きな喧嘩。僕は悲しくても笑ってこの畑を守ってなきゃいけないんだ。」
「こんなところにいると死んでしまうわ。」
「僕は生きてすらいないんだよ。道具だから。壊れるだけさ。君は逃げなくていいのかい?君は生きているから振り返ることができるんだよ。」
「言ってることがわからないわ。じゃあ、何故あなたはさっき振り返ったの?」
「道具は歴史に遊ばれるからね。遊ばれたんだ。そう、歴史。君は生きているから、振り返ることができるよ、歴史を。」
雀は振り返った。ただ、壊されていく山ばかりを見ていた。よく遊んだ山。憎い民家でさえも壊されていく。雀は母鳥のことを思い出し、巣へ帰ろうとする。風の嘆きが何かを物語っていた。雀ははっとかかしのことを思い出し、また振り返る。
かしの姿はなく、雀は泣いた。
|
| |
|
溺れているだけ、思春期時代
煙草は十四の夏。リストカットは十四の秋。自殺未遂は十五の春。はつ恋は十五の冬。酒と夜遊びは十六の冬。自己葛藤の十七歳。
書き続けた三年間。私の心の闇を描いたブラックノートは今三冊目に突入し、十五の冬に一冊目が終わった。二冊目が終わったのは最近。一冊目のテーマは「世界は狂っている」で、二冊目は世にある全ての人に感謝をし終わった。今の世間は私を「不良少女」とは呼ばない。「病んでいる子」もしくは「痛い子」と呼ぶのだ。
世間から逃げ続けた三年間。退学届を出した私はまた逃げたのだろうか。
認められたいと願った三年間。人からの優しさに甘え、自分なりに考えて生きていた。本当は自分の弱さに甘えていたのだ。
他人と交われないことに戸惑って、孤独を愛そうと尽した三年間。そうして、自分の殻に閉じこもっていた。ある人に言われたのだ。私は「自分しか愛せない人間」と。
夜、友人と煙草を吸い酒を飲む、気がついたら朝だ。十代の子供は、今まであった辛かったことを僅かに語る。青い思想を繰り広げ、バカみたいに騒いだ、あの頃。
「何がわかってるんだ?」
「でも、私は生きたのよ。」
友人と別れ、眠いながらも早朝の人通りの少ない道を一人で帰った、あの頃。
若い若い思春期。そう、溺れているだけ、思春期時代。世間に自己に。
胸の動機が収まらないので、一週間続けていた禁煙を破ってしまった。私は今、憂鬱と戦っている。親をまた困らせたくないので、部屋ではなく、ベランダで煙草を吸う。町のネオンにすうっと煙は消えていった。久しぶりの煙草の苦さと冬の寒さ。バレないようにと隠れるこの感じ。
ここから何処へ行っても 世界は夜を乗り越えていく そして 心にあいのうたが響きはじめる
十四の頃感動した映画の歌だ。今だけは十四の初心な私に戻り…今は溺れずに、初心な心ながら、世界は残酷であり、美しくあり、そして、きっときっと優しい筈よ、と思いたい。
きっと胸が苦しいのは、まだよく知らぬあなたからのメールが来ないからです。今は乙女のように、素直にあなたを想っていたいから。これからは他人であるあなたに溺れるように愛していたいんです。そう、人を見つめて、愛したいのです。
強くなろう。と再び思った、十七の終わり。
|
| |
|
あとがき
自分の作品を読み直し、やれやれと思う。それでも一年ちゃんと書いた。楽しく書いたのだ。これだけは自分を褒めてあげよう。
私は自分の作品が評価されるのか、期待と不安と興奮を抱えて、受講していた。それで、落ち込んだり浮かれたり。
そして、みなさんの作品に創作意欲をかぎられました。楽しい講座をありがとうございます。
書きたいこと色々あるけど、かっこよくきまらないので、これで失敬。
2005・3・13 茜
|
| |