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茜 茜の青春実況〜カコログ
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summer vacation
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■2005-02-27
罵声に浴びせられても… 過去の記事を読み返し…「は?」という感じで。 何考えているのか、わたくし。 一部の方のみだけに理解されているような、日記だ。いやはや。 しかし、過去の記事は今読み返すと生々しいものがあり、 龍に対する「憎しみ」や「殺意」は個人的に面白いものであった。 こんな未熟な文章を公開して、誰も、意味不明だと言わないから、私の文章が暴走するのである。 私の「知ったかぶった、妄想的な、未熟な、若い文章」 これは非常に痛いのだ。 本当は龍に謝りたい。 でも、今はダメだ。 でも、今謝らなかったらいつ謝るのだろう。 きっかけがない。 「こうこうこうだから、私は変わったの。あの時はごめんね。」と何度も謝りたいのに。 もっとも肝心なところは、謝る。だけではだめなのかもしれない。 彼をどんどん過去の人にしていく。 過去の人にしていくというのは、あの頃を懐かしむだけだということだ。 一月の初めに、彼の首を絞めた。 それが思い出。 彼を愛そうとした。 しかし、今は、実りのしないような恋をしている(実は実は) それも思い出だ。 若かりし、青春の思い出? 笑ってしまう。はははははは。 しかし、読み返せば読み返すほど。 何故あんなことをしたのだろうか?とか、 エゴ的な衝動にかられてしまった行為を後悔し、そんな「私という名人生の歴史の演出」というものでよくやったと思い。 この行為を、書くという、最低な糾い。 許してくれ、私は「書くということ」が、私の、私の、 娯楽であり、義務であり、責任であり… 許してくれ、私にとって「書くということ」は、 私の救いなのだ。 これをひっそりノートに書けばいいのか…(だったらそうしろと誰か言ってくれ) でも、誰かに伝えたいの。 さて、私は過去の日記を読み返し、 昨日までは「誰も愛せない人間」と自分を考え、 今日さらに私は「愛を恐れている人間」だと思った。 自分自身、愛、愛、と書くのは激しくバカらしい。 愛ってなんだ? 知らないよ。 その正体不明のものに押しつぶされ、考えてしまう。 愛とは感情?込み上げる感情? 懐かしきT氏が「愛で人を救いたい」と言っていたが(正直、彼にも感情的に頼っていたことを謝りたい) 愛って優しさ? さあ、なんでしょう、愛って。 もし、大学に「愛追求科」なんてアホらしい学科があったら、 私は好奇心で入ってしまうだろう。 きっとくだらぬ迷える病んでいる奴らが多いのだろう。 さて、更に、愛で何ができる?とも考えてしまうが… 結局自己満足だ。と考えてしまう自分に心のロマンを疑う(私は自称ロマンチストです(痛)) 考えてみたら、世の中きっと奇跡というものがが起こるなら、 「それは愛の力だ」なんて思っている、乙女な心の自分がいるのだろうか。 その摩訶不思議な力というものに、魅せられている。 ホント、こんなことを書くのは、はなはだ恥ずかしい。 ば、ばかでごめんなさい。 愛について考えてる人間はちょっとナルシズムがあるのかしらね。 罵倒に浴びせられてもとことん書いてやるぞ。負けるか、私は。 所詮、高校を退学したヤツの言い分。 もっと勉強します。 しかし、罵倒に浴びせられてもとことん書き続けるぞ、私は。 そういえば、文章教室の受講者の方とランチをしたのだが、 「あの人は書きたいことを書いて(受講を)辞めていったのかしらね」という話題になった。 その中のA様(私は彼女を裏で「様」をつけて呼んでいる・笑 美しい方に見えるからだ)は「○○さんは本を出すというし、あなた(私)はプロになるという目標があるし、それで、私はなんのために書いているのかな?何か目標をもったらいいのかしら?」とも語った。 書き続ける、ということ。 私は、求めている真実という答えを出すために今のところ書いているが。 ええ、もしかしたら、真実がみえたら、書くのをやめるのだろうか? それはなんだか、寂しいように思える。 しかし、書き続けるという人生。 それはなんとも素晴らしいことだろう。 自分の感情が、そこにある。 なおかつ、もっと自分の文章力があがれば、 美しかったり、醜かったりなどと形に残る。 これも一種のナルシズム。 葛藤でさえも美しい。 愛に考えることは人間としてのの正義であり、 書くことは私としてのエゴイズムとナルシズムであるのだ。 あ、え、前者は、適当に書きました。すみません。 |
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■2005-02-15
大人を愛する理由。 私はあまり大人を嫌いになる理由がない。 むしろ付き合うなら、小泉総理でもいい。 まあ、無理なことであって、彼は格別に私の中でカッコイイ。 そう言えば、私は好きな芸能人と言えば、福山雅治や佐藤浩市など、年齢的にはオジサンにあたる。 そう言えば、過去に二人くらい30代の男性に告白された。あんまりいい過去じゃないな。 話をずらしたとし、いい大人が周りにいるのか、私の周りの大人はあながち間違ったことを言わない。 否。叱るべきことは叱られたが、私はそれよりもっとちやほやとされていたと思う。 説教というものを親以外にされたこともない。 教師というものにも説教されたような覚えはない。 小学校は勉強のできるいい子だったし、中学は自分はいてもいなくても変わらない存在だった(まぁ、事件を起こして注意人物になるが、彼らは見張るだけだった)。高校は、問題を起こさず卒業できればいい、という学校なので、病気と知っている教師は、私が学校を辞めたいという話を聞いてくれるだけの存在だった。 中にはある大人の言ったことが間違ったことだと思いつつも、その大人が、私より多く生きた人生で出した結論だと思うと、人生価値観は十人十色。すんなりと受け入れその意味について考える。 15の頃、入院生活を送っていた私。 その中にいた、30代40代という、鬱、不眠で悩まされた大人の人生と価値観と、何気ない大人の会話(実際彼女彼らが俗に言う大人の会話をしていたかと思うと疑わしいが、その頃の私にとっては彼女彼らが大人であり、その会話はただただ大人の会話だと思った)は何より私を興奮させ、魅了するのだ。 その当時、看護婦さんに叱れながらも喫煙所にまざり煙草を吸って、会話をしていた。 私にとって、大人は、私の話を聞いてくれる人であった。 それは、いつも友達と喋るときとは違うのだ。 ただの日常会話でも、なにか違う。 私の話に対しても、友達と違う意見を言う。 大人は、昔の話をよくする。 というか、まず気付く。 私が15という年齢のくせにして、煙草を吸いながら話すのだ。 これが当時私にとっての大人の会話である。 そして、今日、昨日のことや、過去のことを話す。 私はその時、彼女彼らが送ってきた、人生の重さを感じる。 それが楽しかった。 そして、その中で、私を「童」と呼ぶ大人がいた。彼をO氏と呼ぶ。 O氏は当時、入院の人々の中で私を何よりも魅了した。 理由は簡単で、なにより彼の目が知的に見えたから。 実際話してみると、優しく、翻訳家という立派な職業をもっていた。 O氏は私を「童」と呼び、「童、煙草を吸うな!」とよく言った。 私は笑い、今では忌み嫌う、子ども扱いされることを喜んでいた。 そして、大人達は「今時の子供はねぇ…」と議論を続ける。 O氏との関係は、今でもメールで続いている。 メールでは、あの頃思っていたほどの大人の会話などしていない。 ただ、彼が文学ファンという事実を知って、この本がオススメだよという話をしている。 たまにふざけて、「Oさんとなら付き合ってもいいよ」と打つと(え、彼は既婚者だよ) 「じゃあ、今度、海へ行って文学について熱く語らない」と言った。 このメールを喜んで母に見せたところ、「あんたたち、危ないよ」と言われるのだ。 私は30代40代と二人で遊んでいた。 15・16のころである。 今時の女子中学生高校生にしては、ちょっとズレているのかもしれない。 私は、大人にちやほやされ、人生観を聞かされ、たやすく叱られていた。 世間知らずのお嬢様で今も生きている。 もしかしたら、大人を嫌いになれない理由とは、もしかしたら、ずっと子供のまま扱われ、叱られていたいのかもしれない。 そろそろそんな訳にもいけない年齢なわけで… 「叱られるうちが花。」 あと2ヶ月もなく18だ。 まだ花だ。 こうも考えたのは、今日、文章教室でAさん40代が、 「茜さんって、もしかして、年配の方と喋るのが好き?同年代の子より。」と聞き、 「まぁ、そうですね。」と答えたら、 「私もなのーおじいちゃんとか話すのが好きね。同世代の主婦なんかは、子育てとかの話でぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ。そんなのは、もういいからって感じで。」 こんなのは女性だけみられる会話に嫌気が刺したのかなと考えたが、 もしくは、世代の違いを楽しむ会話を好んでいるのかな。とも考えた。 |
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■2005-02-09
逃げなきゃ。今すぐ。私の中に入らないで。 (注:2月9日のできごと) 龍に会うのがおっくだった私。 彼曰く、私が言う冗談は冗談じゃないらしい。 だから、なんだと、いうのだろう。 お昼を誘われたのも、なんにも… 昨日、彼は寂しいと電話してきた。 それが更に私の気持ちは落ち込んだ。 「何もしてあげられない。」 腹ただしい。 男が寂しいなんて…とどこかで卑劣し、 彼が生き物さえもわからなくなってしまった。 よく考えれば、私は他人に甘えられた記憶があまりないのだ。 求めてばかりだから。 求めてばかりだから。 こうゆう態度で、自分は誰も愛していないことに気付く。 母ならどうだろう。 母が甘えてきたら。 私はきっと笑って。 …私は母を心配するだろうか… 母が私のことで、泣いていたりして、私はひどく物悲しく、 その時がただひたすら過ぎるのを待った。 朝になったら、きっと笑ってるから。お母さんは。 子供であった。 よくありふれるドラマで「私にもっと甘えてよ!」と言う台詞。 その台詞を言える強さ。 私は相槌を打つだけの会話をした。 どうも、私は苛苛した気持ちを悟られたくなくて、自分から、少し話し出した。 「卒業式さ、カッコイイ先輩がサックス吹くんだって。あたし、卒業式は学校行くって言ったの。そしたら、お母さんがねー都合のいいことばっかりって怒ったの。」 愚痴なのか。 母の話なのか。 またもや、憧憬した先輩の話なのか。 どれにしても、龍にいい印象は与えられない話だった。 「ふうん」と彼は言うと。黙り込んだ。 私は彼の顔が見られず(見れば、更に苛苛するからだ) 遠くを見つめて、近くを見つめて、顔を見ようと努力し、また遠くを見た。 目があえば彼は言うのだ。 「やっぱり可愛い」 可愛いってなんなのだろう。 私のどこが可愛いのだろう。 「俺が好きだから、可愛く見えるのかもね」 そうなんだろう。 しかし、それだったら… 甘々しい言葉は不要。 好きだよなんてもってのほか、無用。 私は傷つくだけの妄想に頭をついやした。 何故、こんなに感情が激しいのかしら。 それでも私は笑っているのだ。 何本を煙草を吸った。 今日は午前中は学校だった。 私は退学届をもらってきた。 街へくる理由など、もうない。 田舎でのんびりと勉強をして、生きることを選んだ。 文学と妄想に励むことを望んだ。 「だから俺と付き合おうよ。」 「あたしは未来がほしいの。」 彼は黙り込んだ。 「現実みたいな夢を…」と私が言うと。 「意味分からん」と言った。 私は悲しくなった。 店を出るとき、 「やっぱり、茜ちゃんは俺と一緒だよ」と彼は言った。 その言葉が突如とない、絶望が私を襲った。 逃げなきゃ。 この人から逃げなきゃ。 好かれるのが苦しい。 帰りの電車の中、私は目を瞑り悪い夢を見続けた。 (とりあえず、書き留めようと思ったことなんで、よくわからない文で申し訳ないです) |
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■2005-02-01
「迷惑にもほどがあるよね」 day before yesterday,そう言われたのが、きっかけで、 私は龍に散々説教をされた。 「結局自分のことしか愛せてないんだろ」 その通りだった。 yesterday,そのことで散々考え込んだ私。 一人で田舎の道を歩く。 「寒い。くそ。畜生。ムカつく。」 田舎の道というのは、ほとんど誰もいないもので、独り言を言って歩くと恥ずかしくもなく楽しいものである(というのは私だけか?) 自己と自然に不平不満を言っても仕方がない。 荒々しく歩いていたら、犬がほえた。 私は田舎の道を歩いて、ある漫画を探したが、見つからず。 家に帰るも、自己中な自分に気付いているにも、誰かに電話してしまう。 数人かけたとろで、誰もでなくて。 一人でこの苦しみを抱えて生きていかなければと思ってしまう。 遂には、部屋で独り言を言う始末で、 「誰か助けろよ!!龍はあーだし、ゆーきくんはでないし、Rは昨日からシカトされてるし…誰か助けてよぉ」 自分が悪いのか。 それすらも分からずまま、独り言に危ないということに気付き、あのブラックノート(私の心の内を表現した(といっても安置だけど)14のとき始めたノート)に書き潰す。 ああ、やっぱり自分は精神患者なのか。読み返すと思ってしまう。 風呂に入れば、「私は悪くない」という信念のもと、「私は私だけ愛していけばいい」と考える結果。 そうとは言え、独り言をはじめ、「ごめんなさい。ごめんなさい。畜生ー」と呟く。 狂ったように、独り言を呟く日だ。 かなり精神的に陥った人(私も違うとはいえないのだけれど)の行動がよくわかる。 today,朝早く起きた私は、ある漫画を街で探そうと思い、そのついでに寄ろうと龍にメール。 そして返ってこない。 電話をしても、でない。 落ち込むまま、Rに電話すれば、「今学校ー今日はあたしが勝ち組だよーあはははー」 Rは私と同じく学校へ行ってない子なんだけど…ふう。 とりあえず、応対してくれて安心する。 落ち着いたまま、何かをしていると(何かをしていたはずなのだが、覚えていない) 龍から電話。 漫画喫茶で寝ていたらしい。 「飯おごるからおいでよ」 私は疑いと侘びの心と共に龍と会うのであった。 |